婦人科 京都 健康スポーツ医。いとう女性クリニック 京都では、腹腔鏡下手術、子宮内膜症・卵巣嚢腫、子宮筋腫、月経不順、ピル・アフターピル処方、更年期障害の診察・診療をいたします。土曜・日曜診療有り。

いとう女性クリニック

京都市中京区三条通高倉東入桝屋町 53-1
Duce mix ビルヂング 3F
TEL 075-212-5662
  • 電話で予約
  • お問合せ

子どもの事故防護活動 --- 子どもが育つ魔法の言葉

12. 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる

 わたしたち親は、子育てのあらゆる場面で、子どもにわたしたち自身の価値観を教えています。子どもは、自分が何をしたら誉められ、何をしたら叱られるかという体験を通して、親は何を良しとし何を悪いと考えているかを学ぶのです。子どもの人格形成において、親の価値観は、大きく影響します。
親が忙しすぎたり、子どもに無関心だったりすると、せっかくの子どもの長所に気づかず、優れた部分を伸ばすことができなくなってしまいます。子どもの長所が光るのは、日々の暮らしのほんの些細な出来事においてです。それを見逃さないでほしいのです。
ある日の午後、庭仕事を終えたお父さんは、玄関で七歳のスティーブに迎えられました。スティーブは、人差し指で「シーッ」という仕草をし、「ママがお昼寝してるから」と言いました。
「教えてくれて、ありがとう。いい子だね」。お父さんは、スティーブを抱きよせて、そう答えました。
こんなふうに子どもを一言誉めることが大切なのです。こんな時の親のちょっとした言葉や仕草を子どもは覚えているものです。
机に向かっていたお母さんは、家の中がとても静かなのに気づきました。そこで五歳の娘の部屋を覗いてみると、レベッカは、お人形を揺り籠に寝かしつけているところでした。
レベッカはお母さんに気づき、顔を上げて微笑みました。お母さんは、投げキスをし、親指を立てて「グッド!」のジェスチャーをしました。
お母さんは、机に戻ると、思いました。人形の「やさしいママ」になった娘はなんてやさしい子なんだろうと。もう一人遊びができるようになったことも、お母さんには嬉しかったのです。
子どもの見せるちょっとした行動を、親御さんは見逃さないでほしいのです。もちろん、忙しくてそれどころではない時もあるでしょう。しかし、子どもに注目することはとても大切なことなのだということを、いつも頭の隅に置いていただければと思います。

子どもは親に誉められた面を伸ばしてゆく

 親が子どもの長所を見つけ出し、それを誉めれば、子どもは肯定的な自己像を形成していくことができます。子どもは、よいところを誉められれば誉められるほど、よい子になろうと頑張るようになるものです。
ある日、お父さんは、八歳の息子に言いました。
「おばあちゃんが来ていたとき、やさしくしてあげていたね。おばあちゃんがソファから立ち上がるのに手を貸してあげただろう」
「ほんと?」
ブラッドは驚いて言いました。あんなことがお父さんの目にとまり、誉められることになるなんて思ってもいなかったのです。このお父さんは、こんなふうに息子を誉めることで、人を思いやり、やさしくすることの大切さを教えました。その家庭の価値観は、このようにして親から子へと伝えられてゆくのです。
親に誉められて初めて、子どもは、今まで自分では気づかなかった自分の長所に気づくこともあります。
七歳のアマンダは、ビーズでブレスレットを作れるようになりました。友だちがみんなブレスレットを欲しがったので、アマンダは、一人一人に似合う色を選んで作ってあげました。
こんなアマンダのどこを誉めるかは、お母さんの腕の見せどころです。「すごいわね。こんなきれいなブレスレットが作れるなんて」と、センスの良さを誉めることもできます。あるいは、「こんなによくできているんだから、お店で売れるわね」と、ブレスレットの商品価値を誉めることもできるでしょう。けれど、このお母さんは、「お友だちに合わせて、一つずつ作ってあげるなんて、やさしいわね」と、アマンダの友だち思いを誉めました。このお母さんは、アマンダの思いやりの心に気づき、そこを誉めたのです。こんなお母さんのおかげで、アマンダは、自分にはそんないいところがあったのかと気づくことができました。
そして、人を思いやることの大切さを学んだのです。
お子さんのどんな面を誉めたいと思うかは、もちろん親御さんによってそれぞれ違うことでしょう。しかし、子どものどこを誉めるかによって、子どもの人格と価値観の形成に大きな影響力を及ぼすことになるのです。それを忘れないでいただければと思うのです。

家庭生活のルールを教える

 どのような家庭にも、日常の家庭生活をスムーズに送るための約束事があります。それは、たとえば食事の時間、部屋の整理整頓の仕方、就寝の時間といったようなことです。このようなルールがなければ家族はばらばらになり、日常生活に支障をきたしてしまうでしょう。
車に乗るときはシートベルトを締める、ローラーブレードをするときには肘当てと膝当てをする、寒い日には帽子を被る。このような約束事は子どもの安全に関わることで、親子で話し合って決めるという類のものではありません。一方、食事が終わったらすぐに食器を片づける、外に行く前にはおもちゃを片づける、テレビは宿題が終わってから見る。このような約束事は、日常生活を効率よくきちんと送るためのものです。このようなルールについては、親が一方的に子どもに押しつけるのではなく、子どもの考えや要望を取り入れて決めていくものです。そうすれば、子どもはより協力的になります。そして、自分がルールを破ったときも素直に認めるようになるのです。
家庭内にルールがあるおかげで、子どもの生活にも秩序が与えられ、心の安定も得られます。それは、たとえ両親が離婚した場合でも同じです。今までのルールが壊れ、子どもがそれぞれの家庭のルールに新たに従わなくてはならなくなったとしても、やはり、きちんとルールがあったほうが、ずっと適応しやすいのです。子どもは、家庭内の暗黙のルールを理解し、解釈する力に長けています。
たとえば、ビリーは、友だちにこう言いました。
「お母さんに聞いてみるよ。『さあ、どうかしらね』って言ったら、それはオーケーってことなんだ。『お父さんに聞いてみましょうね』って言ったら、それはダメってことなんだ」
子どもは、家庭生活の様々な場面で、親に同意を求めます。時には、ルールの確認だけをする場合もあります。
勝手口からアーティの叫ぶ声が聞こえました。
「ママ! お隣の子犬、見に行ってもいいでしょ」
そして、扉のバタンと閉まる音が聞こえました。アーティは、こうして、行き先をお母さんに伝えるというルールを守ったのです。
家庭内のルールをめぐって、親子間で話し合いが必要になることもあります。
ある土曜の午後、十一歳のマリアンヌは、友だちに映画に誘われました。でも、この一週間、マリアンヌは部屋を散らかし放題でした。部屋を自分で片づけるという約束を守っていなかったのです。けれど、もう部屋を片づける時間はありません。それでも、マリアンヌはどうしても友だちと映画に行きたいのです。
お母さんは、マリアンヌと話し合うことにしました。そして、こう決めました。今回は映画に行ってもいい、けれども、その前にまず、今から十五分間で部屋の片づけをし、映画から帰ってきたら、残りの片づけをする。
今回は映画に行くお許しが出ましたが、マリアンヌは、これで、「やらねばならないことはためないほうがいい」ということが、骨身にしみて分かったはずです。
約束事はきちんと守る――幼い頃から身につけたこのような習慣は、子どもが難しい思春期に入ってからは特にものを言います。十代の子が、「学校の帰りに、友だちと遊びに行くから、遅くなる」と言ったら、誰と、どこへ行くのか、「遅くなる」とは何時になるのか、そんなことを親は確認しなくてはなりません。そして、子どもと無理のない約束をし、その約束をきちんと守らせるのです。
子どもが親の同意を得ようと何か言ってきたら、できるだけソフトな態度で受けることが大切です。「言ってくれてよかった」という態度を示せば、子どもの態度も柔らかくなり、親の意見を聞いてから決めようという気になります。過保護にならずに、子どもの自立心を伸ばしてあげてほしいのです。それを心に留めていれば、子どもにも親の気持ちが伝わり、親を煙たがらなくなるものです。難しい十代の子どもであっても、子どもは、親を悲しませ
ることは、できるだけしたくはないと思っているものなのです。
家庭内のルールを守る習慣がついていれば、子どもは学校や職場の集団生活でも、より順応性を示します。家庭内でルールを守らせるということは、子どもが社会の一員として生きてゆく上で、とても大切なことです。ルールや約束事というのは、人々の行動をスムーズにし、身の安全のために欠かせないものです。相手の同意がなければ、物事はうまくはいかないのです。わたしたちの社会生活のうえでは、ルールや約束事を守ることはぜひとも必要なことです。それを家庭で、日頃から子どもに教えてゆければと思います。

十代の子どもたちのモラル

 子どもは、親に自分のどのような面が認められ、どのような面が認められないかという経験を通して、親が何を良しとし、何を悪いと考えているかを学びます。つまり、親の価値判断の基準を学ぶのです。はっきり言葉で言わなくても、子どもは親の考えを察します。だからといって、子どもがいつも親の価値観に従うかといえば、そんなことはありません。子どもは成長するにつれ、自分なりのモラルや価値観を持つようになります。親は、そんな子どもなりのモラルや価値観を尊重するよう心がけたいものです。子どもが自分なりに真剣に考え、人に対して誠実であろうとしているのなら、子どものやり方を認めるべきだと思うのです。たとえ親として多少の不満があったとしても、子どもが自分で判断できたことを喜んであげたいものです。
子どもが十代になると、生活の中心は友だちに移ります。親は四六時中子どもを監視できるわけではありませんし、無理に言うことをきかせることもできません。だからこそ親は、子ども対して日頃から、何が正しく何が間違っているか、きっぱりした態度を取らなくてはならないのです。なぜなら、親から教えられたモラルの基盤がなければ、子どもは、十代になっても、自分自身で正邪の判断を下すことができなくなってしまうからです。
この意味でも、親自身の日頃の生活態度はとても大切です。たとえば、嘘をつくことは悪いことだと子どもを罰したとしても、親自身がいつも嘘をつくとしたら、子どもはどう思うでしょうか? 子どもに正直であってほしいと願うなら、たとえそれが骨の折れることであったとしても、わたしたち親自身が正直でなくてはならないのです。
子どもを、他人の意見や行動に左右されない、自尊心を持った人間に育てたいと、親なら願うことでしょう。自分自身で正邪の判断を下し、誘惑に負けない子に育ってほしいと願うはずです。
十二歳のブルースは、近所の食料品店によく買物に行きます。お母さんのお使いのときもあれば、自分でお菓子やジュースを買いに行くときもあります。実は、他の子どもたちは、時々この店で万引きをしていました。ぼうっとしている店員さんがお店の番をしているときは、絶好のチャンスでした。
ある日、店に入ったブルースは、どうしてもお菓子が欲しくなりました。でも、お母さんに頼まれた牛乳と卵のお金しか持っていません。ブルースは迷いました。店番をしているのは、例のぼうっとしている店員さんです。おまけに雑誌を読み耽っています……。
けれど、ブルースは、万引きはしませんでした。万引きをしたら両親にひどく叱られることはわかっていました。それから、隠しとおすこともできるということも知っていました。ブルースが万引きをしなかったのは、親に叱られるからではなかったのです。もう十二歳のブルースには、道徳観念が育っていたのです。万引きをするなんて、そんな自分は許せなかったのです。ブルースには、自分を信じる心(自尊心)が健全に育っていたので、万引きの誘惑に負けることはありませんでした。
子どもが悪い誘惑に打ち勝つことができるのは、親に叱られるからではありません。自分の自尊心が許せないことはできないからです。子どもの自尊心を育てることの大切さは、ここにもあります。自尊心があるということは、自分が自分を好きであるという肯定的な自己像を持っているということです。また、それだけではなく、自尊心とは、自分にはそんな悪いことはできないという道徳律に関わることでもあるのです。

自分を好きになることの大切さ

 自分を好きになることはとても大切なことです。自分のことが好きな子というのは、わがままな子とは違います。自分のことが好きで心が満たされている子は、人にも親切です。また、将来自分が親になったときも、同じような明るい子を育てることができる可能性が高いものです。
五歳のローレルは、おばあちゃんとお姫さまごっこをしていました。ローレルがドレスを着て踊りながら出てくるたびに、おばあちゃんは手を叩いて誉めました。
「お姫さまは、これからどこへ行くんですか」
ローレルは、お母さんのハイヒールをはいたよろける足でポーズを作りながら言いました。
「舞踏会へ行くの」
「王子さまは、ローレルを好きになってくれるかしらね」
ローレルは、眉間に皺をよせて考えました。でも、あっさりと「たぶんね」。そして、両手で自分の肩を抱きしめ、笑い転げながらおばあちゃんの膝に飛び込んできました。ローレルにとって、王子さまのことは、どうでもいいのです。お姫さまになっている自分が大好きで、それだけで幸せいっぱいなのですから。笑い転げるローレルに、おばあちゃんもつられて笑い出し、なんて明るい子なんだろうと嬉しくなりました。
子どものどのような面を認めるかによって、親は子どもに自分の価値観を示しているのです。親の価値観を基盤にして、子どもは自分自身の価値観を形成してゆきます。親は、子どもに過剰な期待をせず、きっぱりとした、しかし柔軟な態度で接することが大切です。そんな親に育てられた子どもは、親に愛されているという自覚を持って、のびのび育ち、健全な自尊心を形成することができるのです。

カテゴリー