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いとう女性クリニック

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子どもの事故防護活動 --- 子どもが育つ魔法の言葉

7. 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

 子育てをしてゆくうえで、子どもに善悪の判断を教えることは、とても大切なことです。
善悪の判断を学ぶことは、わたしたち人間にとって、一生とまではいかなくても、長い時間のかかることだからです。
人のおもちゃを横取りしてはいけない、お菓子を買ったらお金を払わなくてはいけない、カンニングは悪いことだ……子どもへの躾は、最初はそんなことから始まります。そして、子どもが成長するにしたがって、もっと複雑な道徳的問題にも触れることになります。……
嘘をついてもいいのか、友だちの不正を見つけたらどうしたらいいのか。そんな問題を、子どもに考えさせてゆくことになるのです。何が正しくて、何が間違っているかを判断する力は、人が一生かけて培ってゆくものです。子どもは、親とともに、その長い道のりの最初の一歩を踏みだすのです。では、どうやって、子どもに正邪の基準を教えたらいいのでしょうか。親の姿を見習って、よい子に育ってほしいと親は願うものです。しかし、子どもが実際に悪いことをしてしまった時には、どう対処すればいいのでしょうか。たとえば誰かを傷つけたり、わざとものを壊したりした時にはどうしたらいいのでしょうか。
まず、「そんなことになると分かっていたら、許さなかった」と、子どもにきっぱり言うべきなのです。そして、なぜそんなことになってしまったのかを考えさせ、自分の行為を恥じさせ、反省させなくてはなりません。ときには、同じ失敗を繰り返さないように罰を与えることも必要でしょう。
けれど、子どもが必要以上に自分のことを恥じないように、また無益なコンプレックスを抱かないように注意する必要があります。子どもを責め、厳しく叱りすぎると、子どもは自信を失い、自分をだめな人間だと思うようになってしまいます。あまりにも厳しく子どもに接するのはよくないことです。厳しい罰を与えるよりも、子どもを支え、励ましたほうが、子どもはよく学ぶものなのです。
ほとんどの場合、子どもは、自分では意識せずに悪いことをしてしまうものです。たとえば、ほかの子から思わずおもちゃを取り上げてしまったり、台所を散らかしてしまったり、無断で人の物を使ったり……。こんな時は、親は、なぜそれが良くないことなのか、どうやって責任を取ったらよいのかを教えなくてはなりません。

厳しく叱るよりも、子どもを励ますほうがいい

 子どもが何か悪いことをしたとき――物を盗んだり、嘘をついたり、人をだましたりした時――ふつう、わたしたち親は、まず怒り、そして、子どもを悪いと決めつけてしまいがちです。しかし、その前に、子どもの側の話も聞いてほしいのです。子どもは、自分が悪いことをしたとは知らなかったのかもしれないからです。それを悪いことだと教えるのが親の役目なのです。まず、どうしてそんなことになってしまったのか、子どもの話をよく聞きましょう。そして、その後で、どうすべきであったのか、それを教えるのです。子どもを悪いと決めつけ、頭ごなしに叱るのは決してよいことではありません。
ある日、お母さんはおかしなことに気づきました。手さ提げの中に入れておいた財布の口が開いていて、中の小銭が全部消えているのです。家には、お母さんと七歳のメリッサだけでした。お母さんは、メリッサの部屋へ行き、事実だけを聞こうと思いました。
「お財布の中の小銭が全部なくなってるんだけど」
人形遊びをしていたメリッサは、顔を上げました。お母さんは続けました。
「お財布の口が開いていたんだけど。普段は、こんなことないのに。メリッサ、知ってる?」
メリッサは口を開きました。
「アイスクリーム屋さんの車が来て、アイスを買いたかったんだけど、お母さんは電話してて、それで、自分でお金を出したの。お財布の口は開けっぱなしにしちゃったみたい。ごめんなさい」
お母さんは、思わずほほ笑みを誘われましたが、表情は変えませんでした。メリッサが謝ったのはよいことです。でも、誤ることが間違っています。お母さんはメリッサの脇に腰を下ろし、やさしい声で、しかし、きっぱりと言いました。
「お財布はお母さんのものよ。お母さんは、メリッサのお財布から黙ってお金を取ったりしないわ。メリッサも、お母さんのお財布から黙ってお金を取ったら、それはいけないことなのよ」
もし、メリッサがお金を取ったのが初めてのことだったら、お小遣いの中からお金を返させるようにすればいいでしょう。もし、これで二度目だったら、たとえば、大好きなテレビ番組を見せないことにするのもいいかもしれません(もし、これがメリッサの盗癖だったとしたら、お母さんはカウンセラーに相談するなどして、根本的な解決策を考えなくてはならないでしょう)。
お母さんは、「メリッサを責めているわけではない。でも、無断でお金を取ることは悪いことなのだ」ということをメリッサに教えようとしたのです。これなら、メリッサは、自分のしたことを反省はしても、自分が悪い子なのだとは思わずにすみます。
次にお母さんは、このような質問をして、メリッサにどうしたらいいかを考えさせました。「メリッサの話は分かったわ。アイスのお金が欲しかったけど、お母さんは忙しそうだったのよね。でも、黙ってお金を取ったのは、いけないことだったわね。どうすればよかったと思う?」
メリッサは考えました。
「お母さんのこと待ってればよかったのかもしれないけど、でも、それじゃアイスクリーム屋さんは行っちゃったわ」
そして、また少し考えて言いました。
「子豚の貯金箱から、お金を出せばよかったんだ」
「そうね」。お母さんは頷きました。
「メモを書いて、電話してるお母さんに見せればよかった」
「それでもよかったわね」
「アイスは買わないことにすればよかった?」
メリッサは、小さな声で聞きました。
「そんなことはないわ」。お母さんは、笑いながらメリッサを抱きよせました。
「でも、今度からは、お金が欲しいときには、お母さんにちゃんとお話ししてね」
お母さんは、こうして、どうすればよかったのかをメリッサに自分で考えさせました。このほうが、子どもを責めて必要以上に罪悪感を植えつけるよりも、ずっと効果的なのは言うまでもありません。子どもは、自分で考え出したことにはやる気をみせるものですから。

子どもを傷つける言葉

 ジュリーの部屋は、いつも、ものすごく散らかっていました。お母さんは、もう我慢の限界でした。十一歳の女の子には十分こたえる口調でこう言いました。
「よく平気でいられるわね! まるで豚小屋じゃない。ほんとに、だらしがないんだから」
ジュリーはしょげかえって部屋へ行きました。そして、「あーあ」とため息をついてから、部屋を片づけ始めました。
ジュリーは、言われたとおりに部屋を片づけたのに、なんだかすっきりしませんでした。まだ何か悪いことをしているような気分です。
悪い子だと親に責められると、子どもは傷つきます。たとえ親の言いつけを聞いたとしても、それはいやいや聞いたのです。これでは、子どもが本当に良くなったとはいえません。
このお母さんは、ジュリーに「だらしがない」と言ぅべきではありませんでした。「部屋を片づけなさい」とだけ、はっきり言えばよかったのです。そうすれば、ジュリーを傷つけることはなかったはずです。「こんなに散らかして。もう限界よ」とだけ言っていればよかったのです。そうすれば、問題なのは部屋が散らかっていることであり、ジュリー自身ではないのだということが伝わったはずなのですから。

子どもにも感情がある

 わたしたち大人は、自分が子どもだった時のことを、もうあまり覚えてはいません。だから、わが子が泣いたり叫んだりすると、どうしてこんなにうるさいんだと、つい思ってしまいます。しかし、子どもはまだ、どうやって自分の気持ちを表現したらいいのかが分からないのです。それに、子どもは、大人のようにはうまく感情をコントロールすることができません。ですから親は、子どもの感情を抑えつけることがないように注意しなくてはならないのです。
五歳のドニーは、利発で活発な男の子でした。でも、雷と稲妻だけは大嫌いでした。あいにく、ドニーの住んでいる地方には、すごい嵐がやって来ます。ドニーは怖くてしかたがありませんでした。
「怖いよ。もう、雷がそこまで来てるよ。雷が落ちて死んじゃうよ」
ある晩、ドニーはしくしく泣き始めました。しまいには大きな声で泣きじゃくり、布団にもぐり込みました。
ドニーのお父さんは、なんて意気地なしなんだろうと、息子がはがゆくてしかたがありません。けれども、最初は、ドニーをなぐさめてこう言いました。
「大丈夫だよ。雷なんか落ちないよ」
ドニーはそれでも泣きやみません。お父さんの声はだんだん大きくなり、いらいらを隠せなくなりました。こうなると悪循環です。ドニーはますます怯え、お父さんはますます苛立つのです。とうとうお父さんが爆発しました。
「こんな意気地なしがどこにいる! しょうがない奴だ」
お父さんは、こんなふうに怒鳴ることで、ドニーを追い詰めただけではありませんでした。何かを恐れるのは悪いことだということも教えてしまったのです。
お父さんは、怖がるドニーの気持ちを分かってあげるべきでした。ドニーを膝に抱き、たとえばこんなふうに語りかけて、ドニーが恐怖心を追い払うことができるようにすればよかったのです。
「そうら、雷オヤジと稲妻オババに、何か言ってやれ」
これならドニーは、
「雷なんか、あっちへ行け!」と叫んで、元気をとり戻したことでしょう。
親が子どもの気持ちを受け入れ、子どもを支えれば、子どもは、素直で明るい子に育ちます。反対に、子どもを責め、否定すれば、自信のない暗い子になってしまいます。大人からすれば、たとえ理不尽に見えたとしても、子どもにも、自分なりに気持ちを表現し、分かってもらう権利があるのです。
子どもも成長するにしたがって、相手の気持ちや立場を考えて、自分を表現できるようになります。しかし、それまでは、親は、子どもが素直に気持ちを表現できるように導かなくてはなりません。子どもを叱りつけて、気持ちを押し殺させるのはよくないことです。感情を素直に表現するのはとても大切なことなのです。気持ちを押し殺していては、上手な感情のコントロールもできません。子どもは親に、恐怖や不安といった負の感情も受け止めてほしいのです。親が子どもの気持ちを受けとめれば、子どもはその感情を乗り越え、精神的にもたくましく成長することができるのです。

責任感を育てる

 自分のしたことがどんな結果になるかを、子どもは、実際の経験や遊びをとおして学んでゆきます。たとえば、幼い子どもは、床にわざとスプーンを投げ落とします。そして、お母さんが拾ってくれればまた落とします。その子は、自分のしたことに親がどう反応するかを見て楽しみながら、原因と結果のゲームをやっているのです。親がスプーンを拾うのをやめるまで、このゲームは続きます。
子どもは成長するにしたがって、自分の行為が周囲の人々にどんな結果をもたらすかに対して、より敏感になります。こうして、子どもは、自分のしたことには責任を取らなくてはならないのだということを学び始めるのです。そんなとき、子どもが、あまりにも自分を責めたり、失敗を恐れて引っ込みじあんになったりしないように、親は気をつけたいものです。子どもは、本来、素直に自分の過ちを認めるものです。子どもは、親の喜ぶ顔を見るのが大好きなのですから。
ある日、六歳のビリーは、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しました。ところが、手が滑ってパックが落ち、床はジュースの海になってしまいました。ベビー椅子に座っていた一歳半の妹は、それを見て、キャッキャと手をたたいて大喜びです。でも、もう六歳のお兄ちゃんになったビリーは、妹と一緒に喜んでいるわけにはゆきません。キッチンタオルを切って、オレンジの海にぴたぴた浸し始めました。ジュースを拭き取ろうとしていたのです。
しかし、キッチンタオル一枚では、どうしようもありません。これを見つけたお母さんは、一瞬、ビリーは悪戯をして遊んでいるのだと誤解してしまいました。
ビリーはお母さんを見上げました。手と膝は、ジュースだらけです。
「ごめんなさい。ジュースこぼしちゃった」
お母さんは、カッとならないように、深呼吸しました。どうやらビリーは悪戯をして遊んでいるのではなかったようです。ビリーは、自分一人で懸命に失敗の後始末をしようとしていたのです。
「まあ、お母さんも手伝うわ。ビリーはよくやったけど、キッチンタオルよりも雑巾とバケツがいるわね」
子どもの努力を認め、誉めることは、とても大切なことです。子どもは努力を認められ、誉められることによって責任感を育ててゆくからです。ビリーは、悪いことをしたと自覚して、お母さんに謝り、こぼれたジュースを拭き取ろうと自分なりに頑張りました。もちろん、ビリーのやり方ではだめでした。しかし、その努力は買ってあげなくてはなりません。
ビリーのお母さんは、そうしました。こんなお母さんのおかげで、ビリーは、失敗を認めて謝ること、責任を取って許してもらうことの大切さを学ぶことができました。ビリーは、お母さんに手伝ってもらいながら、気持ちよく後片付けをしました。
子どもの努力を認め、誉めることはとても大事です。そうすれば、子どもは、失敗したあと、きちんと対処することは決していやなことではないのだということを学ぶことができます。努力を認めてもらえば、子どもはそれを覚え、失敗への対処の仕方もだんだん良くなってゆくのです。

「ごめんなさい」という言葉

 「ごめんなさい」という言葉は、謝罪の気持ちを表す特効薬だと言えるでしょう。
ドッジボールの最中、十二歳のアンドリューは、夢中になりすぎて、強いボールをクラスの女の子に投げつけてしまいました。そのボールは女の子に当たり、女の子は倒れてしまいました。駆け寄ったアンドリューは、女の子にこう謝りました。
「大丈夫? ほんとにごめんね。わざとじゃないんだ。いっしょに保健室に行こう」
アンドリューは自分のしたことの責任を感じました。ですから、女の子を助け起こして、保健室へ連れて行ったのです。
けれども、なかには、何をしても謝れば済むと思っている子どももいます。自分のしたことを反省したり、悪いと思ったりはしないのです。こういう子どもは、同じことをすぐまた繰り返します。また謝れば、相手はすぐに許してくれると思っているからです。ある九歳の男の子は、こんなズルい手を考えつきました。「ごめんなさい」と書いたカードを何枚も作って持ち歩き、何かのたびに、そのカードを差し出すのです。
だれかを傷つけたり、怒らせたりしてしまったときには、相手の身になり、自分のしたことを反省することが大切です。そのことをぜひ、子どもに教えてほしいのです。それが分かっている子なら、心から謝罪し、償おうと努力するでしょう。人間は、本当に済まないことをしたと思えば、二度と同じ過ちを繰り返すまいと心に誓います。そして、心から相手に謝ることができるのです。
わが子を思いやりのある子に育てるためには、まず、親自身が、子どもを思いやらねばなりません。子どもの話をよく聞き、子どもの気持ちを分かろうと親が日頃から努めていれ ば、子どもは、そんな親の姿から学ぶのです。
四歳のサムは、お兄ちゃんのケーシーが作ったブロックの塔に三輪車ごと突っ込んで、塔を壊してしまいました。さあ、大変です。お父さんは、どうしてこんなことをしたのか、サムに尋ねました。
サムは、お兄ちゃんが遊んでくれないので腹が立って塔を壊したのだと答えました。
「塔を壊されて、お兄ちゃんは、どんな気がしたと思う?」。お父さんは尋ねました。
「ひどいと思った」。サムは、答えました。
お父さんは言いました。「お兄ちゃんと遊んでほしかったのなら、どうしてそんなことをしたんだい、そんなことをしてお兄ちゃんは遊んでくれると思うかい」。そして、どうすればお兄ちゃんは一緒に遊んでくれたのかを、サムに考えさせました。また、お兄ちゃんに、どう償いをすべきかも考えさせました。サムは、お兄ちゃんに謝り、塔を直すのを手伝うと言い出しました。さすがにまだ怒っていたお兄ちゃんは、塔は一人で直すと言い張りました。でも、弟の気持ちは分かったようでした。

人の気持ちを思いやることの大切さ

 子どもは、親に支えられ、教えられて、人の世の掟を学んでゆきます。しかし、あまりにも子どもを厳しく叱りつけると、子どもはおどおどし、罪悪感を持つようになってしまいます。これでは、かえって逆効果です。子どもは、萎縮し、やる気を失ってしまうからです。
子どもを厳しく叱りつけるのは、よいことではありません。それよりも、子どもに、なぜこんなことになってしまったのか、自分の行動を振り返らせるように導くほうが、ずっと子どものためになるのです。
子どもの話に耳を傾け、子どもの立場や意図を理解するように、親は常に心がけたいものです。そうすれば、子どもは自分の行動に自らすすんで責任を取ろうとします。そして自分の失敗を素直に認めるのです。そんな時、親は、カッとして感情的にならないことが大切なのです。
そうは言っても、幼い子どもは自分中心に生きています。親は忍耐が必要です。けれど、そんな幼い子どもも成長するにしたがって、正邪の判断がつくようになり、責任感を身につけてゆきます。心配はいりません。子どもの心に、相手への思いやりの気持ちが育ってゆけば、自分の過ちを心から謝罪することができるようになります。子どもは、素直に償いをしようと思えるようになるでしょう。このような学びの体験を重ねることこそが、子どもの成長には大切なのです。厳しく叱りつけられて、おどおどし、罪悪感に苛まれていては、前に進むことはできないのです。

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