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いとう女性クリニック

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子どもの事故防護活動 --- 子どもが育つ魔法の言葉

17. やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ

 人を思いやるとは、どのようなことでしょうか。人を思いやることと、表面的な礼儀とは違います。礼儀正しく振る舞うことで相手を思いやっているように見せかけることはできますが、それは本当の思いやりではありません。子どもは親の姿から、人を思いやる気持ちを学びます。親が、家族を思いやり、敬う気持ちを持っていれば、子どもはそんな親の姿から、本当の意味での思いやりの心を学ぶのです。人を思いやるとは、その人を敬い、やさしくすることです。それは、毎日のちょっとした仕草に表れるものです。夫婦が互いに敬い合い、子どもにもやさしく接していれば、子どもは自然にそれを学びます。人を思いやることは、ありのままのその人を受け入れ、その人の気持ちを尊重し、時には自分の気持ちよりも優先させることなのです。
子どもが、たとえば動物と遊んでいたり、弟や妹の面倒をみたりして、思いやりを示したとしましょう。そんなときには、親は必ず誉めることです。そうすれば、子どもはやさしい心を伸ばしてゆきます。人に対する思いやりの心は、わたしたちが生きているかぎり常に学ぶべきものです。わたしたち親自身も、時には、家族に対して思いやりに欠けることをしてしまいます。そんな時には、卒直に謝り、反省しなくてはなりません。そうすれば相手も許してくれることでしょう。子どもは、そんな親の姿から、人を思いやることは終生学びつづけることなのだということを知るのです。

思いやりの心を育てる

 幼い子どもは、自分のことしか考えられません。赤ちゃんやよちよち歩きの幼児は、世界は自分を中心に回っていると思っています。これは、幼児の自然な成長の一過程です。幼児は、成長するにしたがって、この自己中心性を和らげていきます。人を思いやる気持ちを子どもに教える機会は、日常生活のあらゆる場面に訪れます。先日、わたしは、四歳と八歳ぐらいの男の子を連れたお母さんを、スーパーで見かけました。三人は、キャットフードを買おうとカートに積んでいました。その時、一人のお年寄りが財布を落とし、中身が床に散らばってしまったのです。大きいほうの男の子は、すぐにカートから離れ、お年寄りに手をかしました。弟のほうは、そのままキャットフードの缶を力ートに入れていました。そんな弟をお母さんはそっと促しました。さりげなく弟の腕に触れて買物の手を止めさせ、そして、お兄ちゃんとお年寄りのほうへ顔を向けて、その子に気づかせたのです。二人に気づいた弟は、お兄ちゃんを手伝い始めました。このお母さんは、こんなふうにやさしく、さり気なく弟をしむけたのです。思いやりとやさしさは、遊びを通して教えることもできます。
四歳のケニーとお母さんは、寝る前に部屋のおもちゃを片づけていました。お母さんはテディベアを布団に入れながら、トントンとやさしく叩いて言いました。
「さあ、テディちやんは、これでぐっすりオネンネができるわよ」
ケニーもテディベアの毛布を掛けなおしながら言いました。
「テディ、おやすみ」
ケニーは、まるで弟のようにテディベアをかわいがっています。ですから、お母さんは、そんな「弟」に対してやさしく接することをケニーに教えたのです。ケニーは、こんなお母さんのおかげで、遊びながら、やさしい心を学ぶことができました。
子どもに、相手の気持ちを考えさせることも大切です。七歳のジェニーとマリアは、さっきまでゲームで遊んでいました。ところが、ルールのことで喧嘩になってしまったのです。マリアは急に立ち上がり、帰ってしまいました。ジェニーは、お母さんに話を聞いてもらいたくて、台所へ行きました。
「マリアって、ほんとに変な人なの。負けるのがいやで、帰っちやったの」
「何かあったの? いつも仲良く遊んでるのに」
ジェニーは、ルールをめぐって喧嘩になったこと、マリアが悪いのだということを話しました。
「そう、そんなことがあったの……」
お母さんは、考えながら言いました。
「でも、その時マリアはどんな気持ちだったのかしら」
「え? 何が?」
ジェニーは少し驚いたようです。そして、しばらく考え込んでから言いました。
「あたし、マリアに電話する」
ジェニーはマリアと話しました。そして二人とも悪かったということで、仲直りしました。きちんと話し合うことができたのです。二人は、また同じようなことが起こったら、その場できちんと話し合って解決できることでしょう。
このお母さんは、マリアのことをジェニーの大切な友だちだと思っていました。そんなお 母さんのおかげで、ジェニーはマリアの気持ちを思いやることができたのです。そして、大切な友情を保つことができたのでした。
子どもは、一人ではなかなか思いやりの重要さを学べません。親が導かなくてはならないのです。思いやりの心は、子ども時代に学ばなければなりません。大人になってからではとても苦労してしまうことでしょう。

ものの言い方

 子どもに思いやりの心を教えるときには、親は言葉の使い方、特にものの言い方には注意したいものです。たとえば、
「ほら、お兄ちゃんの絵具入れが開けっぱなしよ。蓋をして」
と言うのではなく、
「お兄ちゃんの絵具入れが開けっぱなしだわ。絵具が乾いちゃうから、蓋をしてあげて。ダメになったら、お兄ちゃんががっかりするでしょ」
こんなふうに言えば、子どもは、何かするときに相手の気持ちを考えるという習慣を学びやすくなります。子どもに何かを頼んだり、何かをさせたりするときには、親も子どもの気持ちを考えることが大切です。たとえば、お父さんが、夜、家で仕事をしなければならない時は、前もって子どもに静かにするようにと話しておくべきです。何の説明もせずに、その時になって「静かにしろ」と子どもたちを叱りつけたとしたら、どうでしょうか。それは、親のほうが悪いのです。
また、子どもが見せるやさしい仕草を、そのつど誉めることも大切です。
五歳のマシューは、ベビー椅子に座った赤ちゃんの妹が、おもちゃを床に落としてしまったのを拾いました。
「ありがとう、マシュー。いい子だね」。お父さんは言いました。
マシューは、お父さんに誉められたので、自分のやったことはよいことなのだ、これからもそうしようと思いました。

物を大切にし、相手のプライバシーを尊重する

 家庭生活で、家族が物をどんなふうに扱っているかも、子どもの心に大きな影響を与えます。親が、物を大切にしているか粗末に扱っているかで、子どもの態度も変わります。服は床に積み重ねたまま、工具は庭に出しっぱなし、ドアはバタンと閉める――これでは、子どもも同じことをするようになってしまいます。家の中の物は、たとえ日用品であっても、みな大切に扱うべきです。また、大人と同じように子どもにも無断で使われたくない物があるということを、親は忘れてはなりません。
子どものプライバシーを守ることは大切です。子どもも幼いうちは、身支度からお風呂まで親に助けられなければ何もできません。それが、成長するにしたがって何でも自分でできるようになります。だんだん自分の身体への意識も強くなり、プライバシーが必要になってきます。たとえ親といえども、子どものプライバシーは守るべきです。また、子どもに、他人のプライバシーを守るように教えることも大切です。たとえば、人の部屋に入るときにはノックして返答があるまで待つといったようなことです。これは夫婦のプライバシーを守ることにも通じます。思春期にさしかかった女の子には、特にプライバシーが必要になります。親だけでなく家族のみんなにも、その意識が必要です。もし、兄弟姉妹や叔父叔母などが身体の変化をからかったりしたら、厳しく注意するべきです。この時期の女の子には、周囲のあたたかい理解が何よりも大切なのです。

子どもは両親の関係を見ている

 子どもに大きな影響力をもつのは、両親の夫婦仲です。子どもはよく見ています。口ではどんなに縞麗事を言っても、実際にどんなことをしているかのほうが、ずっと子どもに影響するのです。
八歳の双子のアンとエミリーは、一日中喧嘩をしていました。とうとうお母さんが痺れを切らして叫びました。
「もう、やめなさい。いいかげんにしなさい!」
アンとエミリーは、驚いてお母さんの顔を見上げました。そして、アンがこう言ったのです。
「でも、ママとパパだって、いつも喧嘩してるじゃない。どうして、あたしたちだけが怒られなくちゃならないの」
お母さんは、言葉を失いました。まさか、子どもにこんなことを言われるなんて思いもしなかったのです。でも、たしかにアンの言うとおりです。
子どもは、親の口調や仕草や表情をよく観察しているものです。喧嘩をしなければいい、という単純な問題ではありません。大切なのは、夫婦が日頃からどのように互いの不満を解消し、対立を解決しているか、そのコミュニケーションの取り方なのです。
相手を思いやる気持ちは、ちょっとした仕草や口調に表れるものです。たとえば、わたし たちは「ありがとう」「悪いね」「ごめんなさい」といったやさしいことばを日頃から口にし、互いに助け合って暮らしているでしょうか。そんなお父さん、お母さんの姿を見て育てば、子どもは、それが人と人とのつきあい方なのだと思うようになるのです。

違いを認めて人を敬う

 将来、子どもは成長して、異なった信条や人種や習慣の人々と一緒に生きてゆくことになります。家庭のなかでも、家族一人ひとりの個性や違いを認め、尊重し合って暮らしてゆきたいものです。そんな家庭で育てば、子どもは、偏見のない人間に成長するに違いありません。
普遍的な人間性を信じられる人間に成長してほしいと思います。たとえ人種や信条が異なっていても、人間が人間として持つ夢や願いはみな同じです。それが理解できる、偏見や差別意識のない大人に成長してほしいとわたしは強く願うのです。人を敬うことのできる人間は、人からも敬われます。そんな大人になれるように、親は子どもを敬い、思いやりを持って育てたいものです。
昔から賢者や聖者が言っているように、毎日の暮らしのなかでのほんのささいな親切や思いやりこそが、人生の大いなる幸福につながるのです。

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