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子どもの事故防護活動 --- 子どもが育つ魔法の言葉

15. 親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る

 正直であることの大切さを教えるのは、おそらく、いちばん難しいことの一つだと思います。わたしたち親は、わが子が正直な人間に育ってほしいと願っています。しかし、そんな親自身が日頃100パーセント正直であるかといったら、そんなことはないからです。
どのような状況でどこまで正直になれるかは、とても複雑で個別的な問題だといえます。たとえば、わたしたちは、サンタクロースや虫歯の妖精の話など、罪のない物語を子どもに語って聞かせます。これも一種の嘘だと言われればそれまででしょう。子どもの年齢を偽って、飛行機や電車の料金を払わずに済ませる親御さんもいらっしゃるかもしれません。これも嘘をつく行為だと言われれば、たしかにその通りです。
わたしたちは、めんどうなときや時間がないとき、あるいは他人の感情を傷つけたくないときなどに、程度の差こそあれ、軽い嘘をつくことがよくあります。けれど、それはしかたのないことだとも言えます。正直であることが、必ずしもいつもよいことであるとはかぎらないからです。
正直であることは、大人にとってもこんなに難しいことです。ですから、子どもにとってはなおさらです。子どもは、きっとこう思うことでしょう。親は、正直なのは大切なことだと言っている。なのに、そんな親がよく嘘をつくし、自分が正直に何か言うと困った顔をすることがある。どうしたらいいんだろう……。
では、わたしたち親は、どのようにして、子どもに正直であることの大切さを教えたらいいのでしょうか。

あったことをありのままに伝えさせる

 正直であるということは、つまり誠実であるということだと、わたしは思っています。このことを、まず子どもに教えてください。正直な人は、見た事、聞いた事をありのままに伝えることができます。自分の都合や願望で現実を歪めたり、否定したりはしないのです。つまり、正直な人は、自分の経験に対して誠実なのです。
しかし、子どもが大きくなってからは、本当のことを言わずにおく分別というものも教えてゆく必要があります。時と場合によっては、本当のことを言わずにおいた方がいいこともあるものです。ですから、それを見きわめる分別というものを、子どもに教えてください。また、嘘をつくつもりではなくとも、人は思い違いをして、事実とは異なったことを言ってしまう場合もあります。そのことも子どもに理解させたいものです。嘘がいけないのは、意図的に人を騙そうとするからです。しかし、騙そうという気持ちはなくとも、人は思い違いをして、事実ではないことを言ってしまうこともあるのです。
まず、子どもに教えてほしいことは、たとえ自分に都合の悪いことでも、事実をありのままに認識し、それから逃げない態度です。何が起こったのか、自分は何をしたのかを、ありのままに伝えさせるのです。事実と作り話との区別をはっきりさせなくてはなりません。相手の機嫌を取るために話を膨らませたり、自分の都合のいいことだけを話したり、勝手に話をでっちあげたりさせないように気を配りたいものです。
よく嘘をつく子がいるとします。なぜ正直に、本当のことが言えないのでしょうか。それは、たいていの場合、本当のことを言ったら叱られると思うからなのです。ですから、たとえ悪いことをしたとしても、子どもが正直にそれを伝えたのなら、親は、その正直さを誉めてあげなくてはなりません。もちろん、たとえどんなにひどい事をしても、正直に伝えさえすればそれで済むというわけではありません。自分がやってしまったことの責任は、取らせなければなりません。そして、その上で正直に言うことの大切さを教えるのです。
大事なことは、頭ごなしに子どもを責めないことです。
「テニスのラケット、ゆうべ出しっぱなしだったけど、どうしてかしら?」
お母さんは九歳と十一歳の二人の娘に、こう問いかけました。二人は、しまった、という顔をして互いを見ました。
「あのね」。妹が口を切りました。
「バックパックとかといっしょに車から持ってきたんだけど、玄関のドアを開けようとし
て、下に置いちやったんだと思う」
姉がそれを受けて言いました。
「あたしが持っていくって言ったんだけど、忘れちゃったの。もう家の中に入った後だったし」
お母さんは、そんなことだろうと思いました。ですから、ちょっとこわい顔をして言いました。
「こんどからは、ちゃんと持ってきなさいよ。外に出しっぱなしにしておくと、ラケットは傷んじゃうんだから」
お母さんは、一体誰がラケットを出しっぱなしにしたのか、その責任を追及しませんでした。“犯人” を見つけようとしたのではなく、どうしてラケットは出しっぱなしだったのかという事実を尋ねました。もし、誰がやったのかと責めていたら、姉妹は、互いに相手のせいにしようと思ったことでしょう。でも、このお母さんは、どうしてラケットが出しっぱなしになっていたのか、その前後関係を娘たちに尋ねたのです。それで、二人は、ありのままを伝えることができました。お母さんも納得しました。

小さな嘘でも見逃さない

 子どもは、どこまで自分の嘘が通用するか、試しているようなところがあります。気をつけなくてはならないのは、そんな時の対応のしかたです。これは、なかなか微妙な事柄です。親としてきっぱりとした態度を取らなくてはならないのはもちろんですが、それが過剰になると逆効果です。なぜなら、子どもが怯え萎縮してしまうからです。子どもを追い詰めたら、子どもは嘘をつくしか逃げ道がなくなってしまうのです。ここで大切なのは、子どもが嘘をついたときには、それを見逃さないようにすることです。そして、嘘をつくのはいけないことだと、きちんと理解させなくてはなりません。
四歳のエイリーンとお母さんは、幼稚園のバザーに出すクッキーを焼きました。その後、お母さんが机に向かって仕事をしていると、何か意味ありげに、エイリーンがやってきました。口の端にクッキーのかすがついています。
「エイリーン、お口にかすがついてるわよ。クッキー、つまみ食いした?」
エイリーンは首を横に振り、目を見開いて言いました。
「してない」
お母さんは、「さて、困った」と思いました。
「ねえ、エイリーン」
お母さんは、やさしい声で言いました。
「お母さんに、本当のことを話してちょうだい。焼いたクッキーを、ちょっと食べちゃったんじゃないの?
お母さんは、怒らないから、だからね、お母さんに本当のことを教えてちょうだい」
「うん……。ちょっと、一枚だけ」
エイリーンは、そう答えると、爪を噛み始めました。
「一枚だけ?」
お母さんは尋ねます。
「ううん、二枚」
「本当に、二枚かな?」
金髪のお下げを上下に揺らし、エイリーンは大きく頷きました。
「そう。正直に言ってくれて、うれしいわ。本当のことを言うのは、とても大切なことだから」。お母さんは言いました。
「わかった。……でも、クッキー、もう一枚食べてもいい?」
エイリーンは言いました。
「今はだめよ」。お母さんは、言ってきかせました。
「もうすぐ夕ご飯だから。それに、あのクッキーはバザーのために焼いたのよ。だから、食べたかったら、今度からは、お母さんにちゃんと聞かなくちゃいけないのよ。いいわね」
「うん、わかった。……もう、遊びに行ってもいい?」
たとえ叱られるような事をしたとしても、それを正直に伝えるのは大切なことです。それをお母さんはエイリーンに教えようとしました。子どもが本当のことを言うまで辛抱強く待ったのです。また、なぜ無断でクッキーを食べてはいけないのかという理由も、きちんと話してあげました。
もし、お母さんが、忙しさに紛れ、クッキーの一つや二つくらいと見過ごしてしまっていたらどうでしょう。エイリーンは、正直であることの大切さを教わる絶好の機会を逃してしまったことになります。また、もしお母さんが頭ごなしに叱りつけていたらどうでしょう。エイリーンは、こんどからはもっと上手に嘘をつこうと思ったに違いありません。この次か らは、ばれないようにつまみ食いしようとも思ったかもしれません。
子どもを頭ごなしに叱りつけてはいけません。それでは、子どもは、叱られるから嘘はつかないというふうになってしまいます。正直であることは大切であり、正直な自分を親も喜んでくれるから嘘はつかない--子どもがそう思えることが大事なのです。

空想の物語

 子どもは、罪のない架空の物語や空想を語るのが大好きです。それを、嘘をつくのは悪いことだと言って、叱りつけたくはないものです。子どもの豊かな想像力の芽を摘んでしまってはかわいそうです。想像力をかきたてる楽しい部分は、残してあげましょう。そのほうがかえって、本当のことを話すべき時と空想を楽しんでいい時との区別を、子どもは学びやすくなるものです。
その日、二歳のアンソニーのお母さんは大あわてでした。いくら探しても車のキーが見つかりません。もう約束の時間は迫っているのに……。
「どこへいっちやったのかしら。おかしいわね。ないはずないんだけど」
すると、アンソニーが、深刻な声で言いました。
「怪獣が持ってっちやったんだよ、ママ」
「そう……。怪獣が持ってっちやったの……」。お母さんはアンソニーの言葉をくり返しました。
「その怪獣、キーをどこに置いたのかしら。アンソニー、知ってる?」
「おもちゃ箱のなか!」
アンソニーは、きゃっきゃと笑っています。
お母さんは、おもちゃ箱のなかをかき回して、キーを見つけだしました。そして、アンソニーに言いました。
「ほんとに怪獣がやったの? アンソニーがやったんじゃないの?怪獣って、アンソニーのことでしょ!」
アンソニーはくすくす笑っています。お母さんはそんなアンソニーを捕まえて、くすぐってやりました。
「いい? 怪獣のアンソニー」
お母さんは言いました。これからはアンソニーの手の届かないところにキーを置かなくてはと思いながら。
「キーは、遊ぶものじゃないのよ。なくなったら車の運転ができないんだからね。これからは、もうこんなことしちやだめよ」
アンソニーはまだ二歳です。空想の世界が楽しくてしかたないのです。ですから、お母さんは、そんなアンソニーを頭ごなしに叱りつけることはしませんでした。このように、本当のことを言うべき時と、空想を楽しんでいい時との区別をはっきりさせるのは大切なことです。けれども、子どもが考えだした楽しい物語を全部否定してしまうのはどんなものでしょうか。それは、酷なことだと思います。たとえばサンタクロースや虫歯の妖精の話を、幼い子どもは信じています。では親は、そんな子どもに対して、どのような態度を取ればいいのでしょうか。
「サンタクロースなんていない」
と、言い切ってしまうべきでしょうか。そんなことはありません。「サンタクロースって本当にいるの?」と子どもに尋ねられたら、その子の年齢に合わせて、夢を壊さないように上手に教えたいものです。
クリスマスの買物に出かけた日のことです。お母さんとお父さんは、七歳のケビンを車に乗せていました。後ろの席から、ケビンがこう尋ねました。
「サンタクロースって本当にいるの? ポールのお母さんは、サンタは北極に住んでるって言ったんだって。ジェーンのお父さんは、サンタはお空からやって来る人だって言ったんだってさ。でも、メリーのお姉ちゃんは、サンタなんて本当はいないって言うんだよ。ねえ、どうなの。サンタはほんとにいるの、いないの?」
お母さんは、一息おいて、考えてから答えました。
「ねえ、ケビン。この世の中には、わたしたち人間には分からないことがたくさんあるのよ。サンタクロースが本当にいたらいいなあと、お母さんも思うわ」
お母さんの話を身を乗り出して聞いていたケビンは、体を戻し、にこりと笑いました。七歳のケビンには、このお母さんの答えがいちばん納得できるものだったのです。ケビンは、まだサンタクロースを信じていたい年ごろです。お母さんは、そんなケビンの気持ちがよくわかりました。また、ケビンがサンタは本当にいるのかと尋ねるまでに成長したことも考え合わせました。それで、謎の部分を残したまま、このように答えたのでした。もっと大きくなってからケビンがこのお母さんの答えを思い出しても、きっと納得するに違いありません。

嘘も方便

 人生には、これは嘘だ、これは本当のことだとはっきりさせられる場合と、させられない場合とがあるものです。幼い子どもも成長するにしたがって、家庭以外の世界を知るようになります。そして、物事はそんなに単純に白黒はっきりさせられるものではないのだということが分かってきます。
ある日、七歳のフランは怒って、お母さんにこう言いました。
「お母さんって、嘘つきよ。アンおばさんには、ご飯おいしかったって、日曜日に言ったのに、お父さんには、全然おいしくなかったって言ったじゃない」
「そうね。そうだったわね」。お母さんは答えました。
「でも、それは、アンおばさんがせっかく作ってくれたご飯だったからなのよ。本当のことを言うよりも、アンおばさんの気持ちを考えることの方が、大切だと思ったからよ」
「そうなの」
フランは、しばらく考えていましたが、
「じゃ、嘘をついてもいいってこと?」
と、腑に落ちない顔をしています。
お母さんは、きちんと答えなくてはいけないと思いました。
「正直に本当のことを言うのは、とても大切なことよ」
こう言うと、お母さんは言葉を選びながら説明しました。
「でも、正直に本当のことを言うよりも、相手の気持ちを考えてものを言うほうが大事な時もあるのよ。そういう時は、嘘をついてるってことにはならないの。それは、本当のことではないけれど、嘘ではないのよ」
フランはじっと聞いていました。でも、まだよく分からないようです。
「ねえ、フラン」。お母さんは、もう一度言いました。
「もし、お友だちのアンドレアが新しいお洋服を見せにきて、フランはそれがちっともいいとは思わなかったらどうする? フランの嫌いな色だったとしたら、それをアンドレアに言う?」
「そんなことしたら、アンドレアがかわいそうよ」
「じゃ、なんて言ってあげる?」
「そうだな……いいんじゃない、とか」
フランは小さな声で言いました。
「そうね……」 とだけお母さんは答えておきました。
「分かった! そのお洋服のいいところを見つけて、それを誉めてあげる!」
フランは嬉しそうに大きな声で言いました。
「そう、そう」。お母さんは言いました。
「その服のいいところを誉めてあげるのよ。どこで買ったのって聞いてあげてもいいんじゃない。アンドレアが大好きな服なんだから、そのアンドレアの気持ちを考えてあげなくちゃ。それにね、みんながみんな同じものが好きってわけじゃないのよ。フランが嫌いな色でも、アンドレアは好きかもしれないのよ」
お母さんの話を聞いて、フランは、相手の気持ちを考えてものを言うことの大切さが納得できました。また、人はそれぞれ好みやものの見方が違うのだから、いつも自分が正しいとは限らないのだということも学ぶことができたのではないでしょうか。
もちろん、フランとこういう話をすることになったのは、お母さんがアンおばさんの料理をお父さんの前で批判したからでした。フランは、それを聞いて、ひどいと思ったのです。ですから、お母さんは、その償いをする意味でも、フランに対して誠実に答えなくてはならなかったと言えるでしょう。

親は子どもの手本

 嘘をつかないことの大切さを、子どもは直接親の姿から学びます。親が何を言い、どんなことをするかを、子どもはいつも見ているのです。子どもが幼ければ幼いほど、親の影響力は大きくなります。
九歳のアリシアとお父さんは、レストランでお昼ご飯を食べ終わりました。二人が、レジで釣銭を多くもらってしまったことに気づいたのは、駐車場に出てからでした。
「アリシア、ちょっと待って。お釣りがまちがってるよ」
お父さんは、手のひらのお金を見せながら言いました。二人で暗算してみると、五ドルも多くもらっていました。
「行って、返してこよう」。お父さんは言いました。
アリシアは、ちょっとがっかりでした。五ドルももうかったのに……。でも、お父さんの言うとおりです。レジの人はとても喜びました。店をしめるとき、もし五ドル足りなかったら、この釣銭のミスは、自分が弁償することになっていただろうと言いました。店長が、このやりとりを脇で聞いていました。そして、お父さんに割引券をくれました。店を出たアリシアとお父さんは、とてもいい気分でした。
「アリシア、お金を返して、やっぱりよかっただろう?」
「結局、得したもんね」。アリシアは答えました。
「損得は関係ないんだよ」。お父さんは言いました。
「でもね、嘘をつかずに本当のことを言えば、思ってもみなかったようないい事があるものなんだよ」

子どもと心を通じ合わせる

 親が子どもに対して正直であるのは大切なことです。しかし、何でも正直に話してしまってはよくない場合もあります。多少のフィクションを交えながら、その子の歳や成長に合った答えをするほうが大事なときもあるのです。もちろん、どうせ子どもなんだから分かりっこないだろうとたかをくくるのはよくありません。けれど、こんなケースはどうでしょうか。わたしの子育て教室で、赤ちゃんはどこから生まれてくるのかと尋ねた子どもに、あまりにもあからさまな説明をしてショックを与えてしまった親御さんがいました。これは考えものだとわたしは思います。
性と死について、どう子どもに教えたらいいかは、とても難しい問題です。大人同士でもなかなかフランクには話せない話題なのですから、まして、子ども相手ではなおさらです。
子どもがどこまで理解できるかをよく考えましょう。また、わたしたちが語ったことが、子どもにどれほどの影響を与えてしまうかもよく考えなくてはなりません。まだ心の準備ができていない子どもに、セックスのことを教えたり、死について考えさせるのは、いたずらに不安に陥れ、恐怖心をかきたてるだけです。
子どもというものは、親の知らないところで、想像以上に性や死について見聞きしているものです。間違った知識や考え方を持ってしまっていることも少なくありません。子どもが性についてどこまで知っているか、まず子ども自身に尋ねてみるのもいいでしょう。そうすれば、子どもの状態がつかめ、どんな誤解をしているかも分かります。そのうえで、親は、その子に合った性教育を真剣にしてあげればいいのです。子ども向けに書かれた図解入りの性教育の本などを使うのもいいのではないでしょうか。
まだ早いだろうとお茶を濁しても、実は子どもはとっくに知っていることもあります。本当のことを教えないと、子どもはかえって混乱してしまうこともあるのです。子どもは、親の言うことを信じるものです。親の言うことと自分が日頃思ったり考えたりしていることが食い違っていたとしたらどうでしょうか。その場合、子どもは、親が正しく自分のほうが間違っていると思ってしまいます。事実に近い知識を持っていた子どもなら、「こんなことを考えているなんて、自分はなんて汚らしいんだろう」と、罪の意識を感じてしまうかもしれません。また、いつか本当のことが分かったとき、嘘をついていたのは親のほうだったと思うことでしょう。
思春期に入った子どもは、本当のことを知りたいと思い悩みます。この時期の子どもは、親や家族から離れた一人の人間として、「自分とは何者なのか」と問い始めるのです。同時 に、子どもは体の変化を受け入れ、精神的にも一人の人間として生まれかわろうとしています。これはちょうど、赤ちゃんが初めて自分の手で物を?み取ろうとする瞬間に似ています。思春期の子どもは、自分とは何者なのか、人生をいかに生きるべきなのかという問いへの答えを、懸命に探し求めているのです。
体の目まぐるしい変化に、心も揺れます。子どもは、親に相談できないと、友だちに悩みを打ち明けます。しかし、それでかえって不安が大きくなることも少なくありません。知識や情報は波のように押し寄せても、それをどう自分なりに位置付けたらいいのか分からないのです。もう親の膝に乗って甘えることはできません。だからといって、もう親を必要としていないかといったら、もちろんそんなことはありません。子どもは、親に反抗的だったり、親を無視する態度を取ったりするでしょう。けれども、思春期の子どもは、いちばん親を必要としているのです。
この時期ほど、親と子の関係が問われるときはありません。親は、子どもと新しい関係を作ってゆかなくてはならないのです。子どもは、何よりも親の支えを必要としています。親に悩みを聞いてもらい、一緒に真剣に考えてほしいと思っているのです。親は、性について、体の変化について、欲望について、子どもと真正面から語り合う覚悟が必要です。子どもにも自分にも正直に、誠実にならねばならないのです。
照れたり気取ったりしてはいけません。子どもが今後の人生で必要なことをきちんと教えなくてはならないのです。子どもを初めて幼稚園に、そして小学校に送り出した日と同じように、子どもを大人の世界へ送り出すのです。現代社会は危険でいっぱいです。酒や薬の誘惑は、すでに中学生から始まっています。性体験も低年齢化し、エイズなどの恐ろしい病気も他人ごとではありません。
わたしたち自身の思春期のころのことを思い出してみましょう。自分の親がどんな性教育をしてくれたか、あるいはしてくれなかったかを夫婦で話し合ってみるのもいいのではないでしょうか。親にあの時こんなふうに教えてもらっていたらよかったのに、と思うことはないでしょうか。当時友だちからどんなことを聞いたでしょうか。それを聞かされてどんな気持ちになったのかも思い出してみてください。あなたは、生理、夢精、勃起、マスターベーション、オーガズム、妊娠、避妊について両親から正しい知識を与えてもらったでしょうか。自分の体験を思い出してみると、わが子に何をどう教えたらいいかがおぼろげながら分かってくるはずです。
もし、子どもの質問に自信を持って答えられないと心配しているなら、本や雑誌を読んで勉強することをお勧めします。子どもに正しい性教育を与えることは、親の義務なのです。もちろん、いちばん大切なのは、子どもを思う気持ちです。子どもに安心感を与えることです。このことを忘れないでください。

正直は一生の宝

 正直であり、誠実であることは、一生の宝です。子どもは成長してからも、友だちや同僚や自分の家族との関わりをとおして、その大切さを理解していきます。そして、自分に嘘をつかず、誠実であることによって、心の安らぎを得られることを知るのです。それは人生において、何ものにもかえがたいものなのです。

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