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子どもの事故防護活動 --- 子どもが育つ魔法の言葉

10. 誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ

 子どもを誉めることは、親の大切な愛情表現の一つです。子どもは、親のことばに励まされて、自分は認められ愛されているのだと感じるのです。親の誉め言葉は、子どもの心の栄養となります。子どもの健全な自我形成には欠かすことができません。
子どもが為し遂げたことだけではなく、その子の意欲も誉めましょう。子どもを誉めすぎるということはありません。子どもが大人になり、様々な苦難にぶつかった時、子どものころ親に誉められたことが、心の強い支えになります。親の言葉を、子どもは一生忘れないのです。
子どもは、自分を誉めてくれる親を見て育つことで、友だちとの関係でも相手の良い所を認めて仲良くやっていくことの大切さを学びます。こうして、子どもは、相手の長所を認められる明るい子に育ちます。親に誉められた分だけ人に好かれる子になるのです。

その子のいいところを見つけ出す

 どんな子どもも誉められるべき美点や長所を持っています。子どものことをよく見ていれば、たとえどんなささいなことでも、必ずよいところが見つかるものです。伸ばしてほしいと思う美点や長所を、わたしたち親が誉めてあげられればと思います。
仲良しの家族が集まってピクニックをしていました。小学校高学年の子どもたちは、飛んだり跳ねたり、元気にバドミントンをしています。十二歳のライアンは、五歳の妹にラケッ卜を持たせ、肩車をして、妹にもバドミントンをやらせてあげました。妹は、お兄ちゃんやお姉ちゃんの仲間入りができて大喜びです。だって、本当に羽根を打つことができたのですから。
子どもたちがソーダを飲みに休憩に入ったとき、ライアンのお母さんは、そっと息子に言いました。
「妹を仲間に入れてあげて、ライアンは本当にいいお兄ちゃんね」
ライアンは、肩をすぼめると、ほかの子どもたちと走って行きました。でも、その顔には、一瞬、はにかんだような微笑みが浮かびました。自分が妹にやさしくしたのを、お母さんはちゃんと見ていてくれたのです。このように、子どものちょっとした行いを誉めてあげ ることで、子どもは、自分が認められたのだと嬉しく感じます。そして、ますます長所を伸ばすことができるようになります。
たとえ子どもが悪いことをしたときでさえ、親の考え方しだいでは、いい面を見つけだすことができるものです。
四歳のフレデリックと弟の二歳のジョーが、子ども部屋で遊んでいました。すると、突然、泣き叫ぶ声が聞こえてきました。お母さんは部屋を覗いて、尋ねました。
「どうしたの?」
「ジョーがぼくの車を取ったんだ!」
目に涙を浮かべてフレデリックが言いました。ブリキのレッカー車を高く持ち上げて、ジョーの手が届かないようにしています。
お母さんは、どうしてこんなことになったのか、今はこれ以上聞くのはやめました。「ジョーにそれを貸してあげたくないのね」。
「だって、ジョーはまだ小さいから」
フレデリックは力を込めて言いました。
「けがしちゃうもん」
お母さんは、確かにそうだと思いました。レッカー車はブリキでできています。実際、小さい子向けではありません。
「弟のことを考えてあげて、偉いわね」
お母さんは言いました。
「ほかにジョーが遊べるおもちゃはないかしら。それを貸してあげたら?」
フレデリックは大きな木製のトラックを持ってきました。そして、レッカー車をお母さんに渡しました。お母さんはレッカー車をそっとジョーの目のとどかない所に隠しました。フレデリックは「はい、これ」と、木のトラックをジョーに渡しました。ジョーは微笑み、そのトラックで遊び始めました。フレデリックは、弟思いのお兄ちゃんになれたことで嬉しそうです。
フレデリックの言ったことは、もしかしたら嘘だったのかもしれません。けれど、そうであっても構わないのです。大切なことは、フレデリックが、弟思いのお兄ちゃんとして扱われたことなのです。お母さんはフレデリックのことを信じました。フレデリックも、よいお兄ちゃんになりたいと思ったのです。子どもを信じ、その長所が伸びるようにすれば、子ど もは、本当に親の願うような子に育ってゆくものなのです。

親に誉められた面が伸びる

 子どもには、それぞれ様々な長所があるものです。けれど、親は、自分が価値を見いだしている長所だけを誉めるものです。不幸なことに、現代の消費社会では、人の価値はその人が何を持っているかによって決まる傾向があります。このような物質主義に洗脳されないように、親は子どもに自らが信じる価値観を教えてゆきたいものです。親が子どもを愛するのは、その子がその子であるからです。この親の愛情こそが、物質主義ではない、大切な価値観を教える第一歩となります。
親は、あらゆるメディアから毎日流れてくる消費文化の価値観から、子どもを守らなくてはなりません。わたしたちは、人間の欲望をかぎりなくかきたてる消費文化のなかで生きています。そのことを、子どもに幼いうちから教える必要があります。たとえば、お金や物があれば、幸せも友だちも愛情も何でも手に入ると宣伝している広告やコマーシャルに踊らされたくはありません。子どもを、本当に必要な物は何であるかが分かるバランス感覚のある人間に育てたいと思います。
親が子どもを愛するのは、その子がかけがえのないその子だからです。人間は、その人が何を持っているかでその価値が決まるわけではありません。子どもは、親が自分を自分ゆえに愛してくれる姿から大切な価値観を学ぶのです。
五年生のジェイクのクラスに転入生のティモシーが入ってきた時、みんなは圧倒されました。ティモシーは、海外での生活が長かったので、何ヵ国語も話せましたし、運動神経も抜群でした。家は豪邸でした。最新のテレビゲームは山ほどあって、テレビは大型画面、それに玉突き台まであるという噂です。
けれども、ジェイクが遊びに行ってみると、ティモシーはとてもわがままで意地悪な子だということが分かりました。お父さんに車で迎えに来てもらったジェイクは、車の中でむっつりしています。お父さんは尋ねました。
「ティモシーと何をして遊んだの? 楽しかったかい?」
ジェイクは、ティモシーがとてもわがままで、ゲームに勝たないと臍をまげ、勝つためにはズルまでするのだと語り始めました。
じっと聞いていたお父さんは、息子の話が一息ついたとき言いました。「それで、ティモシーのこと、どう思ったんだい?」
「好きじゃない」
ジェイクは、すぐ答えました。
「そうか・・どうして、好きじゃないんだい?」
「ティモシーはすごいテレビゲームをたくさん持ってるけど、でも、もういっしょに遊びたくない!」
お父さんは、ちょっと間を置いてから言いました。
「そうだよ、ジェイク。その人がどんなにいい物を持っていたとしても、いちばん大切なのは、その人がどういう人かっていうことなんだ。ジェイクはそれが分かって、偉いね」
お父さんは、ジェイクが気づいたことを代わりに言ったのです。日常生活のちょっとした場面で、このように、子どもに大切な価値観を教えるチャンスはたくさんあるのです。

子どもには親の気持ちが分かる

 子どもを誉めるのは大切なことですが、うわべだけでは意味がありません。本心から誉めなくてはならないのです。
子どもの試合の応援をしている親御さんたちの姿を見ると、その親御さんが何に価値をおいているかが一目瞭然になることがあります。はからずも、勝つことがすべてだと言ってしまっているお父さん、お母さんを見かけることがあります。
九歳のロビーは、リトルリーグに入っていました。あまり上手ではありませんが、野球が大好きですし、野球を通して肉体だけでなく心も鍛えられています。ロビーはいつもベストを尽くし、自分なりに成果を上げているのです。けれど、ある時、ロビーは試合に集中できなくなってしまいました。ロビーのお母さんが観客席とグランドの境を示すラインぎりぎりに立って、「勝て、勝て!」と叫んでいたのです。バッターボックスに入るときや、守備についたロビーの方に球が飛んできたときには、お母さんの叫び声はひときわ高くなります。
お母さんが夢中になればなるほど、ロビーはへまをしてしまいます。
試合はロビーのチームの敗けでした。お母さんは言いました。
「いいのよ。一生懸命やったんだから」
でも、ロビーには、お母さんは本当はそうは思っていないことがよく分かりました。
確かに、子どもに失望するときはあります。失望を無理に隠してもしかたがありません。
しかし、いちばん大事なのは、親の気持ちではなく、子ども自身の気持ちではないでしょうか。うまくゆかず、子どもは落ち込んでしまうときがあります。しかし、ここで親も一緒になって落ち込んではいけません。ロビーは、お母さんに、心から「頑張ったわね」と言ってほしかったでしょう。ロビーは、野球が大好きなのです。スポーツマンシップやチームワークや頑張る心を学んでいるのです。試合に勝つことがすべてではありません。親は、あくまでも、子どもの夢を支えてあげる存在でありたいものです。
わたしたちはいつも、親として、嘘のない言動をしたいと思っています。けれど、現実には、時には嘘をつくことも必要です。もちろん、子どもが正直な子に育ってほしいと願っています。しかし、時には上手な嘘も必要なのです。相手の気持ちを慮って、はっきり言わないほうがよいときもあるのです。
またわたしたちは、子どもには礼儀正しく振る舞ってほしいと願っています。しかし、ただ形だけの礼儀正しさを教えたいとは思いません。同時にまた、他人の親切や思いやりに心から感謝できる子になってほしいと願っています。これらはみな複雑な問題ですが、一番よい方法は、親自身が手本になって示すことです。正直であることと、相手を思いやる気持ち--この二つのバランスは微妙なものです。よい人間関係を親自身が築いてゆきたいものです。

自分を好きになることの大切さ

 自分で自分を好きになることは、とても大切なことです。自分自身を愛することのできる心の安定した人間に、子どもが育ってほしいものです。健全な自己愛は、生きるうえでのエネルギー源となります。その積み重ねは、幼い頃から始まっています。
四歳の娘を保育園へ迎えに行ったお母さんが、先生と立ち話をしていた時のことです。自分でできたパズルを、その子がお母さんに見せました。
お母さんは、その子を誉めて言いました。
「まあ、お利口ね。こんなに難しいパズルができて」
先生はやさしく、もう一言つけ加えました。
「自分がすごいって思わない? こんなパズルができて」
先生のこんな言葉を聞いて、この小さな女の子は自信がついたのではないでしょうか。

ただ誉めてあげるだけでは足りないときもある

 子どもは、親にもっとかまってもらいたいというシグナルとして、「ほら、すごいでしょう、誉めて、誉めて」と親の注意を引こうとすることがあります。こんなとき、子どもは、親に愛されたいという最も基本的な欲求を示しているのです。ですから、親は、まず、その欲求を充たさなくてはなりません。
四歳のジョシュアは、テーブルでコーヒーを飲んでいるお母さんの脇で、床に寝転がって絵を描いていました。
「ほら、見て」
まだ描き始めたばかりの絵を見せながら、ジョシュアは言いました。
お母さんは、その絵を見ながら言いました。
「まあ、よく描けてるわ。どんな絵になるのかな?」
ジョシュアは、何も答えずに、紙とクレヨンを持ってお母さんにすり寄ってきました。
「お膝に座ってもいい?」
お母さんは、ジョシュアが絵を描けるように、コーヒーカップを脇に置いてスペースを作りました。ジョシュアに必要だったのは、絵を誉めてもらうことではありませんでした。スキンシップが必要だったのです。ジョシュアは、それを動作でお母さんに伝えたのでした。
親とのスキンシップがたくさん必要な子もいれば、そうでない子もいます。手をつないだり、抱きしめてもらったりしないと落ち着かない子もいれば、遠くから手を振るだけで満足する子もいるのです。その子がどんなタイプかによって、わたしたち親も接し方を変えなくてはなりません。言葉で誉めてもらうだけでは足りない子には、十分なスキンシップをしてあげましょう。
親の離婚や病気や死、引っ越しや失業など、家庭生活に大きな変化が起こることがあります。そんなときは、親は普段以上に子どもに気を配ってあげなくてはなりません。子どものそばにいて、事情を話すだけでなく、子どもの話を聞き、気持ちを受けとめなくてはなりません。こんなときこそ、子どもには親の愛情がぜひとも必要なのです。

幸せな幼年時代

 人に誉められたとき、恥ずかしがったり卑下したりせずに、素直に感謝して喜べる人に育ってほしいとわたしは思います。親に誉められて育った子どもなら、きっとそうなることでしょう。自分のよさを親に誉められて育った子どもは、この世の中のよさも認められる子になります。日々の暮らしのなかで、子どものよい面を少しでも多く見つけだしてください。
そうすれば、子どもは幸せな幼年時代を送ることができ、後の人生の幸福も約束されるに違いありません。

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